今日も朝からいいお天気、秋晴れの神無村である。…以下略。(おいこら)
冗談はさておいて。空気も乾いてほどほどに降りそそぐ陽気が暖かい、何とも過ごしやすい秋晴れの中、相も変わらず 村の要塞化計画は着々と続いており。切り立った淵のあちこちへ堡としての石垣をがっつりと積んだり、人の手にてその稼働が叶うものなのだろかと思われるほどもの巨大な兵器の造成に勤しんだり。慣れぬ気合いを腹に溜め、野伏せり憎しの怨念込めて、姿勢正しく弓のお稽古に励んだり…と。村人たちもお侍様方も一致団結しての奮闘を繰り広げていた毎日だったが、
“あんのお人は もうもうっ。”
おやや、珍しくも速足になって、村の一隅へとまっしぐらに目指していなさるお人が、約一名おられる模様。およそ侍は、その身が市中にあるときは滅多矢鱈と駆け足になってはいけないこととされており。主上の治世の不動をその身で示し、安寧安泰の象徴であらねばならず。それが駆け回ったりすれば、民が不穏を感じて落ち着けない。心胆静めて滅多に動かず。常に堂々と静謐であれというのが、基本のお作法なはずなのだのに。淡い紫の上着の裾をひらひらと翻し、懐ろに差した槍の赤鞘の金具がちゃりちゃりと鳴り続けるほどもの速足は、腕脚がすらりと長い彼だから尚のこと、かなりお急ぎの駆け足と同じにも人には見えて。
「あれあれ、シチロージ様。」
「そんな急がれて、どうなされたか?」
日頃が柔和な彼だから尚更に、血相変えてどうなされたかと、通りすがった村人たちが唖然と見遣るその中を、驚かせてすみませんねぇとの愛想を振り撒く暇も惜しいらしい、ほとんど真顔で駆け抜けて。目指すは、鎮守の森である。………そっかぁ、あの赤いお人を探しているのだな?(笑)
人の眸を避けてのことの筈が、いつもそこで休息を取っていること、お仲間内には既に知れ渡っている、それはそれは大きな樹の根元へと。紅い長衣の裾から始まり、膝上までという結構な深さにて切れ上がっているスリットから、黒いスパッツに包まれた、形のいい御々脚のお膝を片方蹴り出して。片膝立てるようにして座っていた彼であり。その手には、手のひらから甲へと渡してのくるくると、包帯のように何周か巻かれた格好で、シチロージがいつも襟から垂らしているあの桃色の細い布がある。やっぱり此処にいたかと、安堵の吐息をつく間もなく。すぐ目の前へまで距離を詰めるように歩み寄ると、何事もなかったかのようなお顔を向けて来る彼へ、右の手を差し伸べたシチロージ。
「さあ、返して下さいな。」
はっきり言って、ないと何へか不便なもの…というわけではない。何という役目はない、どちらかといえば飾りのようなものだけれど。ずっと常備していた反動、ないと首回りが涼しくてどうにも落ち着けない。それに、奪われたのがいつだったのかが判らないくらい、それは巧妙に、若しくは秘やかに掠め取られてしまっていたらしく、
『…何か足らぬと思ったら。』
石垣用の大きめの石を運び出していた作業場で朝からの半日を過ごし、戻った詰め所でひょいと一瞥なさったカンベエ様からそうと指摘されてやっと気づいたという順番であり。選りにもよって首から引き抜かれたものへ気がつかなかっただなんてと、そうまで迂闊だった自分もまた、相当に恥ずかしかったシチロージであったりし。それもあってのややムキになって、目串を刺したお相手の、この時間帯の居場所を目指し、息せき切ってやって来たという次第。相手も居場所も間違ってはなかったが…この神出鬼没な彼の居所をこうまで見事に把握しているなんて、やはりお母様は一味違う。(笑) そして、
「…。」
シチロージが何を差して返せと言っておるものか、判っていようからこそ、自分のその手を持ち上げて、まじまじとあらためて見やったキュウゾウだったものの、
「…。」
ふりふりと。かぶりを振っての“否”との応じ。しかも、
「これは羽衣で、シチは天女の末裔だと。」
「…はい?」
「いつか空へ還ってしまうその時に要るものだと。」
「アタシは結構大柄ですから、そんな小さな布では到底飛べませんよ?」
おいおい、シチさん。(苦笑) 御伽話を現実にしてはいけませんという方向からは持って行かず、合理的なところで意見をしたところ、
「…。」
そんな道理は判っていると頷くので…判る母上も相変わらずだが、
「だったらなんで?」
重ねて訊けば、
「迎えが来るときの目印だと言われた。」
「…はい?」
即妙な応じが返って来て、そして。
「…。」
これはどうしたものか。シチロージには珍しくも、彼の思うところが読めなくての硬直に陥ってしまい、お返事がとどこおる。一体誰から聞いたやら、そんな馬鹿な話を、だがまあ、このお人は本当に純朴なので信じたとしましょう。シチロージが天女の末裔で、その布は空へと還るのに必要なもの。だったら大切なものだのに、何で取り上げるような真似をした彼なのかと、母上、一足飛びにそこまで思考が進んでいたらしいから、いやはや慣れというのは恐ろしい。(苦笑)
――― 天世界へ帰っては嫌だという駄々なのだろか。
だが、人を、少なくともシチロージを困らせたいとする彼ではないはずで。では、自分が知らない間に黙って行ってしまうかもしれないのが嫌なのか。そんなことをする母上だと思われているのだろうか。いや『かぐや姫』の例もあるように、シチロージの意志に関係なく運ばれるのかもしれないと恐れてのことかも? そこまでを熟考してから、
“…ちょっと待て。”
すっかりと。まだ何にも言われてない内から、彼以上に御伽話思考になっている自分に、此処でやっと気がついて…。肩を落とすほどもの、はあという大きな溜息が一つ零れる槍使い殿であったりし。そういう やあらかい感覚を持つのがいけないとまでは言わないけれど、この、バリバリに現実的な大作戦の執行中に、そういう世界へ想いを馳せて遊ぶのはちょっと不謹慎なことかも知れず。
“普通の大人なら“天女云々”という時点で一笑に付すところでしょうにね。”
だっていうのにこの始末。あらためて見やった先では、いきなりの思考停止に入ったこちらを怪訝に思ってのことか、キュウゾウが小首をひょこりと傾げていて、視線が合うと、それが合図ででもあったかのように、その手へ巻きつけた“羽衣”をふりふりと揺すって見せる。現実主義者だった筈な自分までもを、しっかりとそういう思考にさせてしまっている罪なお人。でもまあ、
“それほどに…こちらを他愛なく翻弄してしまうほど、可愛らしいお人なのだからしょうがない。”
出来のいい玻璃玉みたいな赤い眸に、舶来のビスクとかいうお人形さんを思わせる、白磁の肌と繊細端正なお顔をし。若木のようなすんなりしなやかなその肢体に添うは、今や数少ない練達の“もののふ”のみがまとう、凛と清冽なまでの清かな佇まい。特に“求道者”であるでなし、なのに自然と侍としての何たるかを体言し得る、今時には破格な存在であろうそんな彼が…日頃は淡白の極みな無表情でいるものが、自分へだけは何とも やあらかく和んだお顔をしてくれる。こんな嬉しい“特別”をもらえて、やに下がる自分を何とかしたく思う端から、
“〜〜〜〜〜。///////”
口唇の端へ何とも擽ったげな微笑を噛みしめ、引っ掛かった自分が悪いと思うところが…やはり親ばかなおっ母様。そんな結論を出しながらも、やっとのことで我に返ったその上で、ひょいと屈むと相手のその手を捕まえる。
「羽衣云々を誰から訊いたかは知りませんが、これは返してもらいますよ?」
御伽話よりももっと単純なお話。大方、これを取り上げれば、シチロージが こうやって追っかけて来ると思った彼なのだろう。そのくらいはさすがに要領を得てもいるキュウゾウに違いなくて、
――― んん? どしました?
アタシに何かお話でもあったんですか?
そろそろ少し切りましょうかねと、目元を隠すほど伸びた金色の前髪をそぉっと掻き上げてやりながら、ほぉら話してご覧なさいとやわらかく促せば。カンベエ様が見いだした練達の士は、だが、ここで見初めた“母上”には 唯一敵わないらしくって。少ししわの寄った襟巻きをどうぞと相手の手へと返しつつ、額を寄せ合うようにして囁いてくれる、それは甘やかなお声に聞き入りながら、いかにも和んだ やあらかいお顔を見せておったそうな。
〜 どさくさ・どっとはらいvv 〜 07.3.07.
*久さんの方から構うと97で、
七さんの方から構うと79、なのでしょか?
だったら今回は97なのかなぁ?(う〜ん)
それはともかく、何だかどんどん
“シチさんにも休息を取らせよう”シリーズと化してますが。
今回もまたぞろ、何処ぞのタヌキさんからの入れ知恵っぽいですね。
真相はいかに?(苦笑)


(反転処理へ気がつかれた、そこのあなたへ。)
*………で。
拍手ネタとしてこれを書いてた途中から、
どういう訳だか、
ウチでは珍しくもちょっとつらい結び方へと向かってしまい、
削って削って何とか“ほのぼの話”に仕立てはしましたが。
そちらもまた“思うところ”ではありますので、
一応こっそりとUPさせていただきます。
此処から先は自己判断でどうぞ。→ ■
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